忍野水車小屋を
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富士山の大家、故、岡田紅陽氏主宰の「日本観光写真連盟」に1960年入会、神田駅前の吉川印刷2階のクラブに通い続けました、
この頃、銀座、新橋、高輪などのカメラ屋を覗くのが楽しみで、ペンタックス、ミノルタ、マミヤなど数知れず買いましたが、皆な中古です、
日曜カメラマンでしたので撮影よりも、安い中古のカメラを買って改造するのも楽しみでした、
ゼンザブロニカSUを手に入れたのは、神田の「きむらや」です、もちろん中古です、ゼンザブロニカSU、ニッコ−ル50mm、75mm、135mの3本を持って、夜行列車に飛び乗り忍野村に向う、今から50年以上昔です、
富士吉田駅から忍野村まで徒歩で一時間半、緩やかで長い坂道を背負子に懐中電灯を持ち、寒風吹く夜道をしたすら歩く、富士山通いがつづきました、

記憶に残る撮影行きが、国府津で御殿場線に乗り換え谷峨駅から国道を超えて谷峨の吊り橋をこわごわ渡り終えると急登がつづく、途中、残り柿と富士を、発電所の横を通り上に出ると真正面に、東名高速「都夫良野鉄橋」の向こうに富士山がブロニカの出番だ、シャッターを切るとバサと独特のシャッター幕の音、いいね〜、
目の前に、横一列に植樹をしたばかりの木が坂を駆け上がる様に植えてある、何年か後には、ここからの撮影は出来なくなるな、

☆ 三つ峠に出掛けた時は、三つ峠駅に着いても誰も降りないので聞いてみた、富士山に行くと言うので、まだ登った事が無いので行くことに、バスで五合目に着くと、半袖シャツ一枚の私は、夏とは言え寒くて、歩けば暖かくなるだろうと上を目指す、
七合目にたどり着く頃には、腹が減り高所とかさなり目まいがして歩けないほどでした、食料も持たず、随分と無謀な事をしたなと思う、遭難もしかねない所でした、
頂上でご来光をと思っていたが、山小屋でパンを買って目指すも八合目でご来光を拝む事となった、

☆ 御殿場線に乗り換え御殿場からはタクシーで乙女峠や長尾峠に出掛けた、富士五湖は、もとより伊豆、箱根、御坂峠や柳沢峠など、富士山を撮影するには高さを出すため、高所から撮影しろと教わった、
この頃は、車が無いので、撮影範囲も限られていて、風景写真は足がないと無理だなと痛感した

谷峨都夫良野鉄橋

猪之頭高原
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